2014年 06月 09日
20年を振り返って−2 CDジャケットにPSA採用
軌跡(5)
日本発パステルシャインアートメソッドには興味を持っていただけました。
その頃の1996年1997年1998年2001年は年賀状やグリーティングカードにパステルシャインアートを使用していました。また、97年には中央の絵『ホホバの実』をホホバオイルのパッケージに使用されました。また、同時期にヒーリング音楽(マリアコーポレーション)のCDジャケットにPSAを12枚採用されました。
少しずつパステルシャインアートを知る方が増えて来て出版、セミナー会社の(株)ヴォイスや恵比寿の天使ショップの『レザンジュ』でワークショップを開催することになりました。そのレザンジュで知りお会いした作詞家の吉元由美(平原綾香のジュピター、杏里の作詞やエッセーを多数執筆されている方で、あるテイチクからリリースされたジャズのCDのミニエッセーをお願いした事もあります)さん
https://www.facebook.com/yumi.yoshimoto.50?fref=ts
や女優の宮崎ますみさんともお会いしました。
その頃、いろいろな方にパステルシャインアートを知っていただいて
90年代後半は、手探りでしたが一歩ずつ歩んでいきました。
つづく
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パステルシャインアート20年の
軌跡(6)
90年代後半は、手探りでしたが一歩ずつ歩んでいきました。
1995年から1999年の頃は江村のキャラクターオフィスや(株)ワンネットワーク、(株)ヴォイス http://www.voice-inc.co.jp/ などセミナー会社などで
講座を開催していました。
また、恵比寿の備屋珈琲の2Fに貸ルームがあってそこでもよくパステルシャインアートワークショップを開催していました。また、渋谷のヒーリングガーデンというサロンでも絵を展示していただきました。
その頃、よく人を集めてくれた藤本さんがモデル仲間や小さな会社の社長などいろいろな方がPSAを楽しんでいました。カリキュラムもその当時は基本の円をはじめ空や海や木など数は多くはなっかたですが皆さんに喜んでいただけました。
手探りに進めてきてから2000年に入りカルチャーセンターなどでも声がかかるようになってきました。二子玉川高島屋のコミュニティークラブや恵比寿の読売文化センター、蒲田サンケイ学園などから依頼されて講師を努める事になりました。
つづく
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軌跡−7
2003年にはPHP研究所にパステルシャインアートをプレゼンテーションして採用され10月に本屋さんに書籍『世界でいちばん簡単な絵の描き方』が並びました。PSAの本では、はじめての書籍出版(現在5冊)でした。そして同じ年の12月にNHKの番組に出演する事になりパステルシャインアートが誕生して8年目でメディアにも紹介されるようになりました。
手探りで進めて来たパステルシャインアートメソッドもいよいよメジャーな展開に広がってきました。同時に近くの小学校の先生にも指導したり自由が丘のカフェで展示会なども開催しました。
このころからこのメソッドを使ったパステルアート教室があちこちで増えてきました。パステルシャインアートメソッドの特許を取得していないことから野放し状態で管理面においてものんびりしていたため、一気に広がりました。反省と同時にこのメソッドを通じて1人でも多くの人に楽しんでもらえることの歓びも感じる事ができました。
パステルシャインアートと並行してキャラクターデザインの仕事は今年で40年になりますが、このころに大ブレークした『元気を出して』という書籍をはじめエッセー本にキャラクターを描く共著本と著書が15冊(累計70万冊)ほど出版されました。
つづく
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